クロムスピネルにおけるスピンフラストレーションと磁場誘起相の研究

スピネル酸化物は古くから知られており,物性の分野でも昔から様々な研究が行われてきているが,近年,幾何学的フラストレーションという観点から盛んに取り上げられてきている. この中で,磁性イオンとしてクロムのみを含むスピネルは,軌道の縮退がなく,スピン系の振る舞いを考える上で理想的である.
これらの系では,スピン S=3/2 をもつ Cr3+ が,正四面体からなるネットワーク状に並んでいる. 隣り合うスピンの間には,互いに反対向きに向こうとする力が働いているが,正四面体上で全ての隣合うスピンが反対に向くような配置は不可能である. 例えば,正四面体の四つの頂点の内,二つが上向きで,二つが下向きの構造を取ると,六つの隣り合う対の内,同じ向きになるものが二つできてしまう. このため,これらのスピンは秩序化し難く,非常に低温まで磁気秩序を示さない. 実際には,最低温度では格子変形を伴って磁気秩序を示すが,先に触れたような単純な磁気構造を取らない.
一方,三つが上向きで,一つが下向きの構造を考えると,六つの隣り合う対の内,三つが同じ向きになってしまい,通常の条件では,上下のスピンが二個ずつの場合よりも不安定である. しかし,このような磁気構造が,強い磁場を印加することによって安定化されることが分かってきた. これは,正四面体一つ当たり,二つ分のスピンの担う磁化として観測される. HgCr2O4では10T,CdCr2O4では,28T以上でこのような新規な磁気構造が現れる. またごく最近,ZnCr2O4でも,120T以上で同様のことが起こることが示された.
これらの磁気構造の安定化には,磁気的な相互作用以外に格子との結合などが重要であることが分かっているが,イオン半径を変化させることによって,磁気的なエネルギーや,格子との相互作用の大きさを変化させることができ,これらを総括的に研究することによって,スピンの幾何学的フラストレーションの新たな一面を開拓している.
これらの実験には,低温において非常に強い磁場を印加する必要があり,通常の実験室では不可能であったが,物性研究所の誇る強磁場施設との共同研究によって初めて明らかになってきている. 高圧下での実験や100Tを越える磁場での測定も現在進行中である.